「誰かのため」とか「何かのため」とかっていう言葉って、あたりまえだしみんなそんな事はわかってて、って感じだと思うんです。でも、「自分のため」という言葉とあえて対比させてみて、その2つを二者択一で選ぶような段階になるとやっぱり「自分のため」を選びがちになってしまうと思うんです。
それは僕たち現代人の「弱さ」とかいうんじゃないですけど、ただ一つ言えることは、あの当時、戦争で、特攻隊で亡くなられた方々は、間違いなく二者択一の段階で、「誰かの、何かの為」というのを選択する「強さ」があったんだろうなって。

「未来に思いを託す強さ。」

そんな強さを持っていたんだと思います。
彼らの死は絶対に無駄ではなかったんです。(山村)


風景

ねえ、さっきまで見てた夢の中に出てきてた人達とは
もう一度でも会って笑ってしたりできるの

頼る事与えられる事その全部当たり前のことと思ってた
そんな日々を引きずりながら今も
何が正しいのかの分別もつけれないでいてる 
そして

「日はまた昇る」「散り行けどもまた花は咲く」
そんな言葉の全てに耳をふさいだら



「いろんな物や人から得た事の全てはあなたの為だけにあるんじゃない」と
遠くの方から誰かがつぶやいてきた

そう、死に怯えずにすごすなんて今の僕なんかにはできないけれど
命の限り生きるってな思いはかすかにはあるよ

空を海を眺め自らの命を桜の花に例えてみせた
また会える場所を約束したなら
短すぎる命であってもどこまでも誇りをもって咲いた

「陽はまた昇る」目を閉じそっと呟いてみて勝てずとも負けることのないように
愛する誰かの為 ふるえ続ける手足に最後の力を与え飛び立つ
遠く未来へと想いを乗せて行く

時は無常にも大きすぎる犠牲を求めて見過ごすだけで流れた
けどただ失われたものばかりじゃなかった それを僕らは知っているんだ

「日はまた昇る」「散り行けどもまた花は咲く」そんな言葉の一つ一つをもって
あの時の花ををまた咲かせるために暖かい風を送る使命にやっと気づいた
生きる意味を問う事がばからしいくらいの答え「誰かの、何かの為」
イメージしながら 胸に秘めるだけ
そう 深い青 永遠の緑 始まりを告げる赤
そんな色とりどりの風景が明日も待っているんだ



Petit Prince

戦後60年が経った。